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この日記には、政治へ臨む姿勢や活動、政策だけではなくて、 その折々にかんじたこと、時事放談、趣味、感性の発露などなど、 あべたくやの日々是新(ひびこれあらたに)の ”かたち”を 書き込んでいこうと思ってます。 きっとゆがんでたり、とんがってたり、いびつだったり、 へんな ”かたち” かもしれません。 でも、単純に楽しんでいただいたり、いろいろ考えていただいたり、 時には反論していただければ幸いです。


8月31日(火)「UFJ問題」



今日の新聞の一面は「UFJ問題」がずらりとならぶ。
ちょっと経済の専門家のみなさんからおしかりをうけるかもしれませんが、
自分なりの考察をしてみたいと思います。
ご専門のみなさん、この稚拙な考察に対して「違う!」「甘い!」などの
ご指摘、ご指導いただく部分、きっとたくさんあると思いますので、
ご指導お待ちしてます。勉強させてください。

ということで、状況整理から。
元はといえば、UFJが不良債権処理のため信託部門を住友信託へ約3千億円で
売却するという基本合意ができていたにもかかわらず、その売却益だけでは
不良債権処理費用をまかなえないと判断したUFJが、三菱東京との全面統合に
切り替え、一方的に住友信託に合意の破棄を通告したことからこの騒ぎは始まった。
それに対して、住友信託は徹底抗戦して裁判に持ち込み、さらには住友信託の
本体である、三井住友ファイナンシャルグループも、三菱東京に対抗して、
UFJに「経営統合」を持ちかけ、いわば「三菱東京」対「三井住友」での
UFJの取り合いになっている。それが今日までの経過である。

では、なぜこんな取り合いをしているかというと、2006年の商法改正の施行を
にらんでのことと思われる。
今まで、日本企業、とくに金融業界は手厚い保護政策の下にあった。
しかし、この商法改正で、海外企業が株式交換で日本企業を買収することが
可能となる。しかも、日本特有の「持ち合い構造」も崩れ、2006年以降
日銀等が持つ保有株が放出される。
すると、海外企業と「時価総額」が極端に違う日本企業は、このままではM&Aの
格好の獲物となり、日本企業は外資に次々のっとられてゆく、という構図が描ける。
なので、今のうちに自社の時価総額を拡大するために、UFJという大きな資本の
取り合いが生じているということだと考えています。

各新聞の解説には、「オープンでフェア」な紛争処理というような内容が多いが、
ウラにはこういう日本の経済構造の変動がうごめいているということをお忘れなく。
さあ、果たして活路は日本経済に開けてゆくのでしょうか。
速すぎる時代のながれに遅れないよう、しっかり経済の動きも注視してゆきたいと
思います。




8月30日(月)「チェチェン紛争」



ロシア共和国の南部、カスピ海沿岸の自治区「チェチェン共和国」
この共和国の独立をめぐってロシア国内で陰惨なテロが相次いでいる。

もともと、ロシアは世界一の「多民族国家」であり、
ソビエト連邦崩壊時に、同一民族としての人口が多い地域は新国家として独立した。
中央アジア地域のウズベキスタンや東欧に隣接するウクライナなどの国家群である。
その「民族独立」動きを見て、それらより小さな民族の独立運動の火がロシアでは
根強く残り、大きな国内問題となっている。
そのなかで現在における最大の問題がこの「チェチェン紛争」である。

チェチェンは小さいながらも、石油などの地下資源にも恵まれ、戦略上の拠点にもなる
カフカース山脈の北に位置する、ロシアにとっては「手放しがたい」自治共和国だけに
独立運動を力で押さえ込み、自治政権中枢もクレムリン(ロシア政権中枢部の通称。
日本における”永田町”、アメリカにおける”ホワイトハウス”と同じ)が握る、
というように、チェチェンをコントロールしてきた。
それに対して、チェチェンの武装勢力が抵抗し、ロシア国内でのテロを繰り返している。
モスクワでの地下鉄爆破テロ、チェチェン前大統領暗殺、つい先日起きた航空機爆破テロ。

昨日おこなわれた、大統領選挙は大きな混乱なく終了したようだが、
この紛争は多層的な理由が絡み合い根深い。
当然ながら、「民族の独立問題」それに対するロシア政府の思惑。
前述した地政的要因だけでなく、その他多くの自治共和国・自治州をかかえるだけに
「ここでチェチェンの独立認めたら、国内各地で独立運動が勃発しかねない」と危惧
しており、また、軍部の思惑としても、軍隊の組織維持のために「戦争は必要だ」と
いう信じられない理屈、またさらに信じられないことに武器商人の「武器の需要を
増やすために紛争を激化させようとする、まさに”死の商人”としての暗躍」
さらには、イスラムの宗教問題も絡まっての泥沼的な状況にある。

チェチェンの首都グロズヌイの失業率は70%だそうだ。
民衆は、そんな生活にうんざりしているはずだ。
不安のない平和な暮らしを求めているはずだ。
しかしながら、この現実をみると、「いつも犠牲になるのは民衆だ」と、
無視される人権に、絶望的な思いに襲われる。
遠い異国の地で起きている現実に、われわれはなにができるのだろうか。

人間の業は深い。
しかし、みながすべて思うようにいくことはできない。
みんなが思うように好き勝手に行動したら、この世界は破滅する。
それがわかっているから、「政治」という機能を生み出したのではないのか。
プーチン大統領よ。
あなたは政治家として、この現実にどういう答えをだすのか。
おなじ政治家のはしくれとして、重い気持ちでこの「チェチェン紛争」を注視します。




8月29日(日)「浜北市総合防災訓練」



東海地震を想定した実地型訓練が行われた。
「来観者」として市議団は呼ばれての参加。

訓練は、地域の自主防災会、消防本部、消防団、赤十字、医師会、ライフライン関連
(電気ガスなど)の各種団体などによる合同訓練である。
しかしながら、市議会議員は「来観者席」。
「またかよ」と、うんざりした。以前の水防訓練がよぎる。
訓練なのに、ただいるだけではなんの意味もない。
かっこだけの参加。
そこにいることがなんなのか、これでは「盲腸」みたいなものだ、と憤った。

ひとりで会場を歩き回り、各団体のかたがたに質問を浴びせつづけた。
でないと、今日ここにいる意味はないと思ったので。
おかげでずいぶん防災体制というものがわかってきた。
ナルホド、けっこうしっかり考えられてはいる、と感心したところもあった。
でも、実際災害が起こったらキチンと機能するのか?
そんなシュミレーションも勝手に頭なのかでしながらウロウロ、ウロウロ。

でも、災害時は結局個人の意識と地域の協調なのだ、と思う。
いくら平素の体制づくりや訓練がされていても、災害時その組織がそっくりそのまま
機能することはありえない。大災害になれば健常でいるものが、
それらを応用してやるしかないのだ。
どこにどんなものがある、水はどこにある、食料はどこにある、
そういうことだけでも、ひとりひとりが知っておくこと、近所の状態を知っておくこと、
それが大切だと思う。

「災害時はひとりひとりがリーダーなのだ」
そう思ったら、すっと肩の力が抜けて、一市民として「知ること」に没頭できた。
おかげで私にとっては、とてもいい訓縁になった。

しかし、あの「来観者席」だけはいただけない。
せめて、防災本部に組み入れて市会議員ひとりひとりに重責を負わせるべきだ。
市の職員が公僕として災害時も「公務」を優先するように、責任を負ってしかるべき。
その、「盲腸のようだ」と思った苦々しさは残った。




8月28日(土)「沼津初見参」



はじめて沼津にいってきました。
同じ静岡県、しかも静岡県No3の都市である沼津であるにもかかわらず、
なぜかいままで縁がなく、今日(社)沼津青年会議所の50周年式典に出席するのが
沼津への初見参となりました。
よーく地図をみても静岡県では、あとは駅周辺のような市街地で短時間でも滞在した
ことがないまちは、裾野くらいかなあといったところです。

さてその沼津。
霊峰富士と駿河湾を望む宿場町として栄えた都市だが、
新幹線はとなりの三島に素通りされ、人口20万人とはいえどんなものだろ、
と思いつつ駅に降り立った。
メインストリートを歩く。
うーん、思ったとおりのところと予想外のところアリ。
「地方都市の色濃く残し、シャツター街となりはてているのでは」
と予想していたが、地方都市は地方都市だが、「神奈川県のような」という
ヘンな言い方だが、東京というか首都圏の感覚が漂い、シャツター街はあるんだけど、
別に悲壮感もなにもないというかんじ。
わかるでしょうか?
一言でいえば静岡県のようではない、というかんじ。
同じ東部の熱海や伊東とは完全に違い(あちらは観光地)
もっと地方色が強い富士ともちがうし、逆に完全な東京通勤圏の風が感じられる三島ともちがう。
平塚とか藤沢系というような感覚。
独自色あるようで東京の風もなんとなく混ざっているような・・・
そんな印象のまちでした。

新しいまちは、どこでも楽しいですね。なにかしら発見がある。
そこにしかない「感覚」というか「感触」というか、がある。
沼津も、ホントはもう少しまちを見たかったけれど。
またの機会に。
沼津のみなさん、なんかフシギな沼津評をしてしまってごめんなさい。
かんじたままに買いてしまいました。




8月27日(金)「9月議会質問骨子」



本日9月議会質問通達締切日。
質問したいことだらけだったが、内容によっては「来年合併なのでできません」とか
「新市の判断となりますのでわかりません」という回答が予想される時期にも
なってしまったので、熟考のうえ、「新市を見据えたまちづくり施策について」
「浜北の歴史保存について」の2項目とした。
今回も、質問スタイルは「提言型」でいきます。
阿部流でいくと「議会質問には、答えも当然必要だが、そこに議論が生まれること、
そこに新しい”考え”や”流れ”を持ち込むこと、そういう『創造』があるべきだ」
と思っているので。

「新市を見据えたまちづくり施策について」は以下の6点。
新市移行時にあたってすぐに取り組めるハズの施策や、新市においても
必ず生じるであろう課題や、浜北地域の将来像を描くうえで必要と思われる
内容について質問および提言をします。
@副都心構想の一環として「構造改革特区」について見当する考えはないか
A地域自治区の設置にあたり、これまで住民要望等は各担当ごとに相談・受付を
 する、いわゆる「たてわり行政」であったが、この際、対住民の行政窓口を
 一本化して住民との連携をスムーズにするシステムづくりを提言すべきと思うがどうか
B遠鉄沿線、天浜線沿線のまちづくりについてどう考えるか
C都市計画法の区域設定についてどう考えるか。特に、農業・林業保全、同従事者の
後継者育成という切り口から考えると多層的な施策をどう構築してゆくべきか
Dまちづくりのための人材育成・発掘・活用のためのソフト面の施策、各種ターゲットを
 明確にしたセミナーなどを充実させるべきと考えるがどうか E地域性豊かな、また特色ある学校づくりについてどう考えるか。特に安易な統廃合に
 対するスタンス・考え方を伺う

「浜北の歴史保存について」は2点。
「浜北市」という名称が消えるにあたって、「浜北」にまつわる歴史・風俗・慣習などの
記録・記憶を保存してゆくことの大切さ、そして、「歴史的資源を活用したまちづくり」に
対して「逆転の発想」をぶつけてみます。
@(仮称)浜北ミュージアム設立にあたり、(浜北文化センター内の旧図書館跡地にできます)
 民間に眠っている、近世の浜北地域の歴史の変遷を語る資料等を精力的に収集すべきと
 思うがどう考えるか
A宮口地区のまちなみ保存について、市街化区域指定という考え方も含めてどう考えるか

骨子は以上のとおり。
今回は「都市計画法」を全質問において意識してます。
まちづくりを考えるうえで必ず直面するこの法律です。
質問のすべてにおいてトータルに取り上げることによって、
「どこに問題があるのかを探ってゆこう」という自分なりの
「副題」も持って臨む質問です。
当然、法律なので地方自治体ではどうしようもないこともあるけれど、
このまちづくりの「基本」ともいえる法律を、直接運用する地方から声をあげていかないと、
いつまでも霞ヶ関や永田町の「机の上だけで組み立てられる法律」から脱皮しないので、
「コレは国の所管です」というあたりまえの回答のためではなくて、
将来の「地方の時代」を本当に実現させるための「議論」を巻き起こすために
これらの質問を組み立てます。
期待してください。




8月26日(木)「経済の動き」


今地方議員として、「充実」といっていい状態にいさせてもらっていると
感謝をしつつ毎日を過ごしていることおわかりいただいていると思います。
でも最近、東京を離れていることで危機感があるのは
「経済の動きについていけてない」ということ。

確かに、インターネットというすばらしい情報入手ツールがある今日なので、
リアルタイムに情報入手はできていくのだが、やはり経済の専門家ではない
私などにとっては、わからない事が多すぎる。

東京は世界に冠たる情報集積地だ。
しかも永田町・霞ヶ関周辺は情報の宝庫。(ガセもいっぱいあるが・・)
そこで毎日刺激され多彩なかたがたと交流していたころは、
「経済の姿」がなんとなく見えていた気がする。

新聞やインターネットを通しての動きは確かにわかる。
でも、空気として感じられないことに危機感を覚える。
皮膚感覚としてわからないというか・・・

信条である、地方議員であろうとも国際情勢を把握し、経済の動向をキチンとつかみ
そのうえで「強い地方」をつくる、地方になにが必要で、なにをしなきゃいけないか、
を取捨選択しつつ議員活動をしなければ。
ということを実践するためには、なんとか時間を作って東京を皮膚で感じてこないと
だめだなあ、と実感する今日この頃。
UFJの行く末や、2006年の商法改正施行にむけた外国資本の動き
感じてきたいと思ってます。

しかし、次回はいつ行けるやら・・・




8月25日(水)「映画」


夏後半の新作映画が続々封切られている。
そんなにめちゃめちゃ映画好きというわけではないが、
ときどきゆっくり映画を観たくなる。
主にテレビ放映で気になる映画を拾ってビデオに撮ったりして
時間をみつけて見るのだが、最近はなかなかねえ・・・
映画館も実は好き。
いつも映画館で見たときは感動の余韻がゆっくり残る。
フシギだなあと思うが、やはり臨場感なのだろう。
映画館にも行きたいなあ・・・
ついでに言っておくと、国際線の飛行機のビジネスクラスの映画は最高だ。
ビジにはマイレージのアップグレードを使って乗るのですが
(マイレージの使い方では、この方法が一番お得だと思いますよ)
日本封切り前の映画が、何種類か楽しめます。

まあ、時間がとれれば、お金があればの夢になってしまったんで、
ほんとの夢で楽しめますように、と今日はベットにもぐりこみます。
いい夢をみられますように。




8月24日(火)「パブリックコメント」


新浜松市の政令指定都市移行後の区割原案に対する
パブリックコメントの募集がはじまった。
新市を7つの区に分割したものだ。
ちなみに浜北市は単独でひとつの区になる(案)である。

「パブリックコメント」ってなに?と、思う方もいらっしゃると思うので
解説すると、その名のとおり「大衆の声」と理解していただければ
その後の文章も組み立てやすい(笑)でも、ホントですよ。
「行政の作った施策について、広く市民の意見や要望を吸い上げて
より良い施策として修正や追加を加え完成させる」という制度で、
市民生活に密接な関係がある施策などの際に、よく実施されます。

なので、今回の急ピッチで進む合併協議ななかで、
「なにがなんだかわからないまま、いろいろ決まってしまっている」
と、お嘆きのかたも少なくないと思います。
市議会議員である、私でさえあまりの急展開に戸惑うことしかりです。
しかしながら、その状況を容認するわけは、
時限立法である合併特例法を適用した政令指定都市昇格を狙うという
千載一遇のチャンスを逃さないため、はじめに合併期日ありき、
での議論なので、審議が不十分なものがあるのも否めませんが、
地方分権時代の旗手となる、「政令指定都市 浜松市」のための
やむにやまれぬ急ピッチ協議だと理解しています。

そういう現状において、今回の区割りに関するパブリックコメントは
市民おひとりおひとりが、ご自分の意見や要望を忌憚なく堂々と
述べていただくチャンスです。
どうかみなさん、「大衆の声」をこの機会に大きくあげてください。
合併協議会のホームページからも、郵便でもFAXでも声は届きます。
もちろん、合併協議会事務局、もよりの市町村役場でも受付しています。
一人でも多くの方の、パブリックコメントへのご参加をおまちしております。


430−0946 浜松市元城町115−10 元城町共同ビル5階
 合併協議会事務局
FAX 053−457−3026
e-mail bosyu@tenhama-wa.jp
9月15日締め切りです。


追伸
ちなみに私の考えは、「都田地区は浜北といっしょの区であるべきだ」
と考えています。都田テクノポリスと浜北新都市は一体であってこそ、
新市における、新産業の研究育成や各種支援策、施策を打ちやすく
なるからです。これはぜひとも実現したいと思います。
みなさんも、このことも、それからもっと他のことも自由に
いろいろと意見具申をしてください。
それでこそ、「大衆の声」となります。




8月23日(月)「処暑」


今日は雨の「処暑」となった。
最近、朝方涼しくて目覚めることもあるようになってしまった。
「夏がいってしまうなあ」と、寂しさを覚える。
ただ単に夏が好きなだけでなく、子供のころいつもこのころ襲われた
「ああ、夏休みが終わってしまう・・・ 7月よ戻ってこーい」
という”病気”がまだ根強く残っているのかも、と自分自身を笑ってしまった。
でも、夏の終わりにノスタルジーを感じるのはボクだけじゃないですよねえ。

なんにしろ、「この夏の積み残し」も一生懸命しなくては。
うーん、「スイカが食べたりない」「カキ氷が食べたりない」
「ゆかたを着たい」「もっと炎天下でジリジリしたい」・・・
・・・やっぱり子供かも。




8月22日(日)「プライド」


第86回夏の全国高校野球選手権。
南北海道代表 駒沢大学付属苫小牧高校が北海道勢悲願の初優勝!
今まで、甲子園夏の大会の優勝旗「深紅の大優勝旗」は ”白河の関”を越えたことが
なかった。つまり群馬・栃木・茨城が北限で東北・北海道勢が優勝をしたことが
なかった。大田幸治投手の三沢高校にはじまり、仙台育英高校などの東北勢が
何度も決勝戦まで駒を進めながら散っていった。
東北・北海道勢にとっては(厳密に言うと北陸・山陰もはいるが)、冬の間
雪に閉ざされ、練習ができないというハンデがあり、「野球後進地域」のレッテルを
張られてきた。
ゆえに全国制覇は「悲願」である。
心から喝采を贈りたい。

アテネオリンピックがおこなわれており、日本選手の連日の活躍の影に隠れていたが
今年の甲子園は好ゲームが多く、またドラマあり感動ありのすばらしい大会だった。
「熱闘 甲子園」という番組がある。ほとんど、昼間試合を観られない甲子園ファンには
うれしい番組だ。照れくさいハナシだが、毎晩のようにこの番組を見ては、
こみ上げてくるものがあったり、目頭が熱くなったりしていた。

高校生の正々堂々と勝負に臨む姿、一生懸命な姿、涙。
あの姿は人間の美しさだ。努力した者にしか与えられない神々しい表情。
がんばることの大切さを、彼らはいつも体現してくれる。
今日の決勝戦のクライマックス。
3点差の最終回2アウト、ランナー1塁3塁。
済美のバッターは「怪物」と恐れられ、打率6割の4番打者。
ホームランで同点。ヒットでも相手に勢いを与える。
敬遠も考えられる場面。
でも、駒大苫小牧は勝負した。
あの場面でのピッチャーの気合のはいった表情は忘れられない。
バッターの表情もなんの力みもない表情。しかし、眼光はまっすぐで鋭い。
「プライド」対「プライド」。
彼らは本当に神々しい。
軍配は駒大苫小牧に挙がったが、両者とも本当に悔いのない、すばらしい勝負だった。

「プライド」。
  裏打ちのない軽いものではなくて、単なる個人の思い込みを居丈高に叫ぶものでもなくて、
本当に、コツコツと努力を重ねた者のみに許される言葉。
積み上げたものが、他者をして彼らの姿をそう呼ぶ。
心からの敬意を込めて。
あの決勝戦の最後の場面に、そして甲子園大会にそれを見ることができた。

もはや、高校球児にはなれないが、
あのスピリットは持ちつづけていたい。
誰の人生にも何度かはあるであろう、「人生における甲子園」
そこで輝けるように、たゆまぬ努力を忘れてはいけない。
そして、自分自身に言い聞かせたい。
「我が人生、プライドをして語らしむべし」と。




8月21日(土)「当り日」


人生にはだれしも「当り日」もしくは「縁日」というか、
毎年なにかその日には「事件」や「大きな出来事」もしくは、
なぜかしらその日に限って「縁がある」という日があるのではないだろうか。
私にとっての「その日」はよーく考えると年に二日あるような気がする。
それが、今日8月21日と3月9日。
どちらかというと、今日8月21日は「縁」にちなんだことが多い日で、
3月9日のほうは、「事件」や「転機」系のことが多かった気がする。

ここ数年そんなこと気にすることはなかったのに、きのう、ふと思い出した。
なので、「誰かに会えるのかなあ」と思いつつ忘れていたら、
さっき、数少ない家族サービスとして行った「浜名湖花博サマーナイト(20,21,22日の
3日間だけ夜20:30まで開園時間延長。どうせなら夏休み中づっとやればいいのに)」
で、示し合わせていないのに弟にバッタリ。また帰り際にもJCのメンバーにバッタリ。
笑ってしまった。
確かに、「縁」の深い人たちにあえたなあ、と。

誰しもあるのか、ないのか、よくわからないけれど、
「8月21日」 今日という日の縁(えにし)は大切にしたいと思っています。
風のごとく過ぎ行く一年に、何度か意味のある日があるということは、
良きにつけ悪きにつけ、その一年を、またきっと人生を、より豊かなものにしてくれる、
そういう気がします。




8月20日(金)「虫の館」


家は妻に言わせると「虫の館」だそうだ。
今も網戸に「カナブン(コガネムシ)」と「カマキリ」「蛾」がとまっている。
夜はこの辺は家々の明かりめがけていろんな虫がやってくる。
ぼくが子供のころは、ひと夏に2、3度は必ずカブトムシも飛んできていたが
今年はさすがにみかけない。数が減ってしまったんだろうな、と残念だ。
昼間は昼間で、庭を少し探索すると、セミの幼虫の抜け殻や、バッタ、こおろぎ、
青虫・毛虫、その成虫の蝶や蛾、いやなところでは、ハチ、蚊などに
けっこう簡単に遭遇できる。

都会にはないヒトコマ。
好奇心のカタマリのさくらのすけ君は、
「なんだコレ?」といいながら庭を駆け回り、
母親の悲鳴をなんら気にするとこもなく、「虫の館」をきょうも行く!




8月19日(木)「伊東市 野間自由幼稚園」


もうひとつ、伊東での収穫。
講談社の「野間記念財団」の運営による「野間記念幼稚園」。
宿から会議会場まで散策がてらに歩いていたら、通りかかったのが
この幼稚園。
広い芝生の園庭と小さいながらも森があり、セミとりをする園児たち。
園舎はなんと安藤忠雄氏の設計。大きな板張りのテラスを持つ、
屋内にも光あふれる広々とした空間設計。講談社経営だけに
蔵書の豊富さ。清潔さと子供の好奇心をくすぐる材料にあふれた幼稚園。
しかも、カリキュラムも豊富で、預かり保育もあり、夏休みなどの休み期間も
あいているとのコト。
すばらしい、のひとことに尽きました。

ただ、この土地は元講談社社長の野間省一氏の別荘跡地とのことで、
数年前までは、明治時代建築の豪奢や洋館と伝統的な壮麗な日本家屋が
あったとのこと。保存に莫大な費用がかかるということで、結局取り壊した
ようですが、「もったいない」のひとことに尽きる。
唐津(8月5日日記参照)でも感じたことながら、歴史的建造物の保存の
大変さと、「このままでは全国でどんどん貴重な遺産が失われてゆく」という
焦りというか、緊急性を痛感した。
歴史をつづってゆく講談社であれば、そのへんは深い理解と投資をして欲しかったな、
とも残念に思った。




8月18日(水)「伊東市 自治基本条例」


18日19日と伊東に遠征。
「静岡政策塾」という県内の若手議員を中心とした勉強会がありオブザーバー参加。
今回のテーマは、一日目が「市民と議会」二日目が「自治基本条例」

一日目はパネルディスカッションとそれにつづく懇親会での自由討論で、
さまざまな考えかた、さまざまな手法、さまざまな主張のしかたがあり、
面白かった。まあ、それぞれの信じるところなので論評は控えますが。

さて、二日目。
平成13年に提出、結果的には否決されたものの、地方議会ではめずらしい
「議員立法」による「自治基本条例(案)」
今回の参加の目的のひとつでもあったので、期待をもって聞き入る。
内容はとはいえば、簡単に言えば「自分たちの住む地域のことにもっと
地域住民の声を反映させろ」というもので、趣旨はもっともなものである。
しかしながら、なぜ否決をされたかというと、これはいわば「既得権益」との
戦いであるので(行政の許認可権、議員の議会制民主主義による代表権の否定など)
そう簡単なものではなく、正論を主張しても結局多数決でつぶされたらしい。
私個人としては、議員の代表権などは「地域主権」の考えからしたら、
「地域のことは住民に」「地方自治体全体にかかわることは議員が」というように、
権限の整理をすすめて、より効率的な地方づくりをしたいと考えているので、
どうってことないが、昔からの慣習のもとにいる特に自民党系の議員さんたち
には、じぶんたちの「存在基盤」にかかわるとばかり、大きな抵抗がある。
ホント、国でも地方でも自民党は時代遅れになってきてる。だめだな。

ただ、この動きは確実に伊東市政に進化はもたらしたようで、
「将来的には自治基本条例の制定を検討」という方向性が市民参画会議で
明記されたようだ。ぜひ、伊東市は今後も継続してゆくので、
この「議員立法」の原動力となったみなさんにはますますがんばっていただきたいと
思う。

追記的に、私信を述べておくと、
当日の質疑のなかでも述べたことですが、
前述の行政や守旧派議員の抵抗が予想される中では、
もっと違う案件でまず「議員立法」を成功させ、成立に携わった議員・市民に
「勝利」という「成果」を味あわせて、その「成果」をもとに、仲間を増やし
勢力を強め、本丸である「自治基本条例」に切り込む手法のほうが良いのでは、
と考える。
彼らは、この動きを明治維新にたとえていたが、それを例に引くとすれば、
今回の否決は長州藩による「蛤御門の変」であろうと思う。
久坂玄瑞である。
民衆のいない武士だけの「正義」を押し立てての力押し。そして敗戦。
長州は、その後高杉晋作の「奇兵隊」などの民衆が参加した戦いが始まって
はじめて「勝利」をしだした。
まあ、維新の扉はそれだけで開いたわけではないが、今回の例示としては、
「もっと市民を参加させること」「ちいさな勝利でも、それが”錦の御旗”に
変わっていけば、議員や行政が参加せざるを得なくなること」を提言したい。
私は、そのように「維新の歴史」を見ている。




8月17日(火)「1回休み」


高校の同級生のTから「日記に登場させろ」というリクエスト(笑)

ホントに顔もデカイが態度もデカイやつだ。何を言い出すかと思えば・・・
まあ、奥様は本当にいいひとなので、奥様に免じて。

今日はTを含む4人で飲み会。
地方分権論から家族の話まで、幅広く多彩な話題で盛り上がった。
彼のいいところは「前向きな気持ちの切り替え法」
ハナシをしていても、詰まったら発想の転換を図り、事態を打破しようとする。
考え込むことなく、前向きに進む方策を試す。
いやー たくましいな!と感心する。
立ち止まって考えることも必要だけど、前へ進み続けることは
若者らしくていいのかもしれない。
実際、そうはいっても失敗点は反省してるしね。

こうやって、言いたいことを言い合っていると「なるほど」と気づかされることも
ある。やはり同級生はありがたい。

まあ、今後はこういう「リクエスト」には応えませんが(笑)
マジメに読んでいただいてるみなさん、すみません。
今日は私的な内容で。すごろくの「一回休み」と思ってくださいな。




8月16日(月)「一筆啓上」


「自分さがし」をされている先輩に一筆啓上す。
能力も人格も優れたかたなので、非常に失礼とは思いながら
筆をとった。(正確に言うとパソコンのキーを押した、だが)

心中を思いながらも、浅学非才の者が申し上げることはなにか、
と逡巡したが、確信をもてることのみの進言としようと思いが至り
体験したことのみ進言す。
すると、おかしいぐらい「自信」となって言葉がでてくる。
果たして、この言葉たちが”兄とも慕う”先輩の力となったか否かは定かではないが、
体験したこと、体感したこと、心を搾り出すように取り組んだこと、
それらの大きさを実感した。
いつのまにか、「言葉」になっている、と。

少しずつでも、大変なことでも、
自分でやってみないと。

壮大な夢、はるかな道のりでも、
やっぱり「挑戦」してみないと。

以上、自分自身にも一筆啓上す。
「安住はないなあ」と半分ため息ながらも誓いつつ・・・




8月15日(日)「鎮魂」



本日終戦記念日。
第2次世界大戦終戦から59年。
戦争の記憶も当事者のみなさんが、高齢化されたこともあり
薄れてしまったいることは否めないが、今日の世界各国で続く
悲惨な紛争の数々を映像でリアルタイムに見ているわれわれは
日本にもあったこの「戦争の記憶」というものを、キチンと史実として、
また、かけがえのない命をかけて先人のみなさんが教えてくれた教訓として、
心に焼き付けておかねばならない。
その誓いをあらたにしつつ、戦没者・戦災者のみなさんの御霊安らかならんことを
心よりお祈りいたします。

さて、今日はもうひとつ「大平(おいだいら)城址鎮魂祭」という
わたしの地元にある南北朝時代の史跡での鎮魂祭がありました。
大平城というのは、南朝方に属した井伊氏(徳川直参となる彦根の井伊氏の祖先)
の支城で、後醍醐天皇の皇子、宗良(むねよし・もしくはむねなが)親王
もこもって北朝・足利軍と戦ったとされる城で、典型的な山城。
標高104mの急峻なひとつの山そのものが要塞となっていて、
曲輪(平らにして陣をかまえたとおもわれるところ)が本丸から四方に広がり
敵の攻撃を寸断する空堀など、いまや森と化した山全体に史跡の数々が残る。
いまだ本格的な発掘調査はおこなわれていないが、当時の土器や戦国時代の土器などが
地表でも見つけることができるらしい。
南北朝時代の山城といえば、楠正成の「赤坂城」や「千早城」が有名であるが、 
それらとおなじ形状で、しかも全山がそのまま残っているというのは、全国でも
めずらしいとのこと。
鎮魂祭終了後、保存会の会長さんの案内で全山を歩かせていただいたが、
歴史のロマンが色濃く残る史跡なんだな、と感慨にひたった。
会長いわく、いつも松尾芭蕉の句を思い浮かべるとおっしゃる。
「夏草や 兵(つわもの)どもの 夢のあと」
いっそうロマンはつのった

「歴史」とは、多くの命がかかわった出来事であり、
そこには、命をかける大義があったり、かけなければならない理由が必ずあったはず。
でも、その裏には散らさなくてもよい命の存在も必ずあったはずである。
それらの「重さ」をズシリと受け止めつつ、
今日という「鎮魂」の一日を閉じる。

ただし、今日は終わっても、命の重さはいつも変わらない。
それは絶対忘れてはならない。




8月14日(土)「ナベツネ辞任に思う」



プロ野球巨人の名物オーナー、ナベツネこと渡辺恒雄氏が
新人選手のスカウト活動をめぐる不正の道義的責任をとって辞任した。
原因はカネである。
明治大学のエースに無理やりスカウトがカネを渡したらしい。

最近物議をかもしている、「プロ野球1リーグ制」もナベツネオーナーの
主導で進められ、当初は「近鉄球団の買い手がない以上したかがない」
同時に、ダイエー球団の経営危機もささやかれる中で、
私も「1リーグやむなし」と思っていたが、近鉄球団を買収したい企業が
名乗りを上げてからのナベツネ氏の対応には嫌悪感を覚えた。
その動言には、常に「巨人中心でなければ」「自分の思い通りにならなければ」
という不遜さがにじみ、このところ選手を札束でひっぱたくようにして
かき集める巨人という球団の体質そのものであった。
でも、かくいう私もかつては巨人ファンであった。
しかし、ナベツネ氏がオーナーになったころから、巨人は「紳士」らしくない
体質に成り下がり、カネカネカネのえげつない球団になってしまった。
それに嫌気がさして、いつしか巨人が好きでなくなった。

野球とは、本当に楽しいものであり、選手もファンも一生懸命にひたむきに
グランドに「夢」を見る。

今回、明治大学のエースはこの責任を負わされプロ野球への道が断たれる
かもしれない。ひとりの本当に野球が好きな青年の夢が断たれるかもしれない。

巨人はこの際、「球界の紳士たれ」と言った亡き正力オーナーの精神に
潔く立ち返り、プロ野球を「ファンありき」「選手ありき」の本来の姿に
導いていって欲しいと思う。

政治も同じ。
体質を浄化し、「市民・国民ありき」の姿に変えてゆかねばならない。
幸いにしておカネはないので(笑)、あげることはできないし、
野党民主党で赤貧生活は慣れっこだ。
できることは「努力」しかないけれど、「政治」というフィールドで
ひたむきに一生懸命「夢」を追いかけていきたいと思う。

ナベツネ氏には悪いが、悪弊は必ず ”時代”に浄化される。

”時代をつくる”とは、
「夢」や「正義」を信じること。
信じる以上は、ただひたすらにがんばってみること。
ひとりひとりは小さくとも、名も無きものであろうとも、
幾千幾万もの者たちの「努力」が、必ずや”時代”をつくるのだ。




8月13日(金)「えんまん君」



今、青年会議所(JC)の活動で中学生と「地域の歴史調べ」の作業に
取り組んでいることは、7月31日の日記でも取り上げたとおり。
今日からいよいよパソコンを使っての発表用資料作成に入った。

生徒会の副会長のOさんの構成を基にやっていこう、ということに
なったところで、すばらしいキャラクターが登場した。
Oさんデザインの「えんまん君」。生徒会のイメージキャラクターだとのこと。
これが、なかなかかんじのイイやつで、彼(男の子という設定)の登場だけで、
なんかいい発表ができそうに思えてしまうからフシギなものだ。

なお、どうも生徒会メンバーをみていると「えんまん君」のモデルらしい
人物もいるから面白い。
さあ、「えんまん君」の正体はいかに!?
これは、9月19日のお楽しみ〜  です。




8月12日(木)「正常化」



出張で狂った日記のUPをやっと正常化できる(泣)
たてつづけに内容が濃いものが多く、書き込む時間もなく
かなりたまった状態だった。

昨夜の偲ぶ会の深酒でキレの悪い一日だったが
山となった仕事を少しづつ消化
しかし、まだ世間並みの「お盆休み」はとてもとれる状態ではないな・・・
がんばろう・・・




8月11日(水)「恩師を偲ぶ」



今日は、高校時代の吹奏楽の顧問の先生を偲ぶ会があった。
名物教師で、ほんとうにみなかわいがっていただいたが、昨年他界され
この夏が初盆となる。

偲ぶ会とはいいながら、いつしか場は同窓会と化して
楽しい時間を過ごした。
やはり、「おなじ釜の飯を食べた仲間」というのは
先輩も後輩も同級生もいいもんだなー、と思う。
久しぶりにいたずらっこの高校生の気分ですごしたひとときであった。

恩師を偲びつつ、深酒を反省す・・・




8月10日(火)「所管事務調査」



議会の委員会職務のひとつに「所管事務調査」というものがあります。
委員会が所管する各課の業務について、実際現地調査を行うもので、
これは、議会として非常に重要な業務だと考えております。
私が副委員長を勤める文教経済委員会の今回の調査先は「図書館」

近年図書館も目途が多様化し、静岡中央図書館などでは
「ビジネス支援事業」がおこなわれていて、起業支援や経営革新の
情報拠点として整備が進むなど、図書館の存在自体に関心が高まっている。

実際の今日の調査では、残念ながら「ビジネス支援事業」については
合併を控えた現状としては難しい、という結果ではあったが、
諸々の業務内容には意義あるもの多く良い調査となった。

ひとつ、”力こぶ”なことを書いておきます。
消滅する「浜北市」の近世の貴重な各種の歴史資料を収集する事業には
力を入れてもらうように強く要望をしてきた。
歴史資料というのは民間に眠っているうちにだんだん散逸してゆき
一度失われてしまえば、もう確かにあった歴史が消えてしまうという
結果になってしまう。それぞれの歴史に生きた人たちの息遣いが感じられる
歴史を保持しつづける地域にしたいと思うので。
これも率先してがんばってゆきたい。

早速ですが、この日記ごらんのみなさんで浜北市の歴史のまつわる
資料をお持ちの方は、ぜひご連絡ください。
浜北市への寄贈、売却、または写しの保存、大歓迎です。
ぜひ、ご一報ください。
または、直接担当課の生涯学習課文化係まで。
なゆた3階  053−586−6201




8月9日(月)「第11回合併協議会報告」



第11回天竜川・浜名湖地域合併協議会が開催された。
今回はいくつか大きな部分の決定事項があったので、この場にて
それぞれの所感も含めてご報告します

決定した議案順にいくと
@議員定数は65人。
浜松市への吸収合併のため浜松市議会議員46人はそのまま残り、
吸収された市町村議員は来年6月30日をもって失職、すみやかに
19人のワクの増員選挙を旧市町村ごとにおこなう。
定員は人口比により、予想される定員は浜北市7人、天竜市・細江町が2人、
その他の春野町、水窪町、佐久間町、龍山村、引佐町、三ケ日町、舞阪町、雄踏町は
各1人となる。任期は平成19年3月までの1年9ヶ月となる。
その平成19年の選挙(統一地方選となります。市長選挙、県会議員選挙も同じ時期です)
では、定数の見直しが再度なされて、地方自治法で定める法定数56人以下とし、
単なる人口比ではなく、地域間の均衡を考慮した人口比で決める、という
具体的に言えば現浜松市の46人を削り、北遠や引佐、浜北などに傾斜配分すると
いうことになります。

A都市内分権の制度は「地方自治法による地域自治区」に統一
これは、浜北市としては求めていた「特例法による特例区」が認められなかった
こととなります。残念ではありますが、周辺状況を整備できなかった
市当局の外交上の敗退でもあります。個人的には悔しい限りです。
この合併協議会のメンバーでありたかったと、なんとかしたかった、と思います。
まあ、こうなった以上この「地域自治区」でなにが市民のためになるか、
どういう工夫をしていけばいいのか勉強をしてゆくつもりです。
ただよくご認識いだだきたいのは、この制度こそ8月6日の日記で報告させて
いただいた宗像市の「地域自治システム」につながるものでもあり、できるだけの
”いいかたち”づくりに努力せねばと思っています。

B区割り原案
新市を7つの区にする案が提示されました。今後は各地域の最終的な了承を経て
決定となってゆきます。
浜北は単独。
これは特例区を取れなかった以上、大きなマイナスとなります。
人口は8万7千。北遠の4万1千に次ぐ少なさです。
他の区は引佐3町を中心とした区が9万4千、舞阪・雄踏含む浜名湖東岸の区が10万4千、
浜松の中心部が24万1千、南部が10万1千、東部が12万という人口うちわけ。
この差は将来、力関係に多大な影響がでてくることが危惧されます。
協議会では異論がでず終結しましたが、私は傍聴席でくちびるをかみ締めました。
いいのこれで、と。

なにか、今日の会議はむなしさが残り、また全体に「あきらめムード」が漂う会議となり
不安を感じながら会場をあとにしました・・・
なにか、将来像をどの委員も描ききれないまま、時間に追われ「とりあえずの選択」を
している感が否めないのはボクだけでしょうか。

微力でも「より良い選択のために」私自身の努力は今後とも続けてゆくつもりです。




8月8日(日)「議会報告会」


本日より議会報告会がスタート
浜北市の現在の施策について、将来構想について、合併作業の進捗状況について、
そして身近な事業や相談について、などを約2時間座談会としてやらせていただいた。

合併は行革につながっていること、行革とは”なんでもかんでも行政だより”から市民自身が
脱皮して”自分たちでできることは自分でやる”ことですよ、とか、宮口地域のおかれている
現状かわかりうる未来予想図はこうで、なにをしてかなきゃいけないか、
などなど、お話することはいっぱいあって、あっという間の2時間でありました。

当選以来、予想以上の仕事があって、身上とした「歩いて話して政治をつくる」
ことの絶対量が不足がちだったボクにとっては、この座談会という機会は
絶好のエネルギー補充の場であり、さらなる仕事をもらう場であり、
ひいては阿部卓也という政治家の資質をブラッシュアップしていただける場でもあると、
思っています。

このあと、お盆をはさんで10箇所ほどの座談会を開いていただける予定です。
気合をいれて、よく勉強して、考え方、行動、などにブレのないよう
発言に責任を持てるよう、あきらめず創意工夫を重ねることを忘れないよう、
すべての座談会に臨んでいきたいと思っています。

基本的に宮口、北3区エリアでも開催ですが、ぜひ他の市内外のみなさまにも
ご参加いただき、「ブラッシュアップ」にお力添えいただけると幸いです。
ご参加お待ちしております





8月7日(土)「新浜松市民によるまちづくりワークショップ」


浜松商工会議所青年部政策提言委員会主催の催しで、同青年部、新市のそれぞれの地域で
まちづくりや市民活動に取り組んでおられるかたがたの参加でおこなわれた。
浜北からの参加は3人。後述する3つのちがうグループに分かれて議論に参加した。

内容は、新浜松市を「浜松・浜北エリア」「浜名湖周辺エリア」「北遠エリア」の
3つのエリアに分けてそれぞれの課題や将来像についてグループごとに話し合うという趣向。
私は「浜松・浜北エリア」となった。
テーマがふたつ与えられ
@浜松駅周辺の中心市街地活性化策
A浜北副都心の機能は
についてである。
このグループの構成メンバーは、商工会議所青年部・婦人部、浜松JC、市民活動などで
第一線におられるかたばかりで、私以外は全員現浜松市民。
中心市街地活性化という、郊外にガンガン大型ショッピングセンターなど、集客力のある施設が
建設されている今日び、時流に逆行するテーマでもあり、必然的に小手先の解決策ではなく
”抜本的改革””大がかりな施策”が必要との観点からの議論となった。
なかなか議論が深く、「さすがに問題点をよくわかっている」
「なるほど、浜松市民はこう考えるんだ」などなど面白い議論ができた。
Aについては、やはり予想通り浜北につちえの理解度は高くなく、逆に浜北を知ってもらう
いい機会であったっと思う。

浜北市議会議員としては、「知られていない浜北」に危機感を持ったし、
「置かれている立場を認識しきれていない浜北」にも危機感を再認識することができた。
”やるべき仕事”はますます多い。がんばらなくては。

また、このHPをお読みいただいているみなさんにはこう訴えたい。

こういう機会はとても有意義であるし、自分自身の視野を広げること、
多様多彩ななひとたちと知り合えること、互いの考えや地域のことなどを知り合えること、
などなどプラスが多い。私自身は今後も精力的に参加してゆきたいと思うし、
みなさんも機会を逃さないように、まずは参加してみてくださいな。
世界観が広がると、意識が変わり、人生をより深く楽しめますよ




8月6日(金)「視察報告B宗像市」


いよいよ今回の最大の収穫の報告です。
本当に本当に、参考にになりました。

 宗像(むなかた)市
「地域自治組織『コミュニティ運営協議会』について」
宗像市は福岡市と北九州市という二つの政令指定都市の中間に位置する人口9万3千人
(福岡県で7番目)の住宅・文教都市。
市町村合併はすでに住民発議による協議会の設立(平成12年)により昨年(平成15年)
玄海灘に面する玄海町と合併済みで、新宗像市づくりが着々と進行している。

「コミュニティ運営協議会」とは「自治体」「「子供会」「老人クラブ」などの地縁組織を
基盤として各小学校区ごとに設立する。
そのうえで、行政は@「コミュニティ課」をつくり各種の相談窓口をここに一本化
Aさらに、地域の要望をいれた設計による「コミュニティセンター」を建設し、管理運営を
協議会にまかせ、利用料金はすべて協議会のものとし、さらに1000万(年間)の費用弁償をする。
また、いままで老人クラブなどに小分けにして交付していた補助金を一括交付する
Bまた、各世帯から徴収する自治会費360円(年間)はすべて協議会の収入とする
ちなみに自治会加入率は85%
Cそれらの収入は協議会がまちづくりのためにつかうのならば何にどう使っても良い
Dアドバイザーとして市職員を必要に応じて派遣する。また自動交付機を設置して
各種証明などの発行サービス、健康相談・子育て相談サービスなどもおこなう
E地域のリーダーを育てるために、各方面での多彩な能力を持った定年対象者をターゲットに
「60歳の新社会人講座」などのセミナーを開催し、地域の人材を発掘する

これらにより、いままですべて行政まかせだった「仕事」が、より地域の実情にあったかたちで
できるようになり、さらには「権限」「人材」「お金」の委譲により「地域分権」が実現される

つまりは、暮らしやすい地域づくりを住民が自分たちでつくり、行政の弊害であった「画一性」や
「縦割り行政によるわずらわしさ」「コストがかかる=税金があがる」などの悪循環を断ち切り、
「行政改革」と「地域分権(主権)」を実現していこうという事業をしている、ということです。

「理想的」ともいえる姿で、机の上ではキレイに描けるが実際はできないのでは、と
考える方も多いかと思いますが、どっこいキチンと実現してるからスゴイんです。
若手職員の発議から始まった試みだけに、職員の意識も高く、議会も合併後の議員定数を
率先して削減するなど、「行政改革」に対する意識が高く、市全体に一体感があるかんじがして
非常に感銘を受けました。

このシステムは将来、「地方の時代」を実現するために、その下支えとなる「地域分権」の
モデルとなるものであり、このシステムを知ったことは政治家としても、一市民としても
大きな財産となりました。
今後は、機会あるごとにこのシステムを紹介し、工夫をすすめ、まずは「意識改革」、
そして「すべて行政まかせ」から脱却して「真の地域主権」を実現させるべく努力していこうと
決意を新たにしました。

私の政治家としてのテーマは「真の地方分権がこの国を建て直す」です。
このミッションはきちんとやり遂げたい。
そのための大きな収穫でもありました。


〈おまけ)
5日の宿泊地は福岡。
初めての福岡ステイでしたが、とにかく魚がおいしい。料理も全般的においしい。
個人的にあらためて来てみたいまちでした。




8月5日(木)「視察報告A唐津市」


 唐津市
「歴史的建造物の保存について」
唐津市は玄海灘に面した佐賀県第2の都市(人口約8万人)で古代の朝鮮半島遠征、
秀吉による朝鮮出兵の拠点になるなど歴史のまちとしても、また半島文化との交流の深さを示す
唐津焼や唐津くんちまつりのまちとして有名です。また、近代(明治・大正・昭和)では
福岡の筑豊炭鉱とならぶ杵嶋(きじま)炭鉱で栄え、明治期から第2次大戦前までは
産業都市として栄えたまちでもあります。

そのようなまちでもあり、戦災にも遭わなかったために、歴史的建造物が数多くの残り
唐津のまちには旧来の日本家屋や近代のレンガ造りの西洋風建築が数多く残っております。
そのなかで今回は、唐津の生んだ大建築家辰野金吾氏(東京駅の設計者)が監修した
「旧唐津銀行本店」(レンガづくり)と、石炭王高取伊好(これよし)邸(和風建築の本宅と
迎賓用の洋館)の保存事業について視察をした。
 双方とも文化庁や県の支援もうけかなりの整備をしているが、とにかくお金と時間の
かかる事業だということを思い知った。「唐津銀行」のほうで、平成10年からの
整備で1億5千万、「高取邸」にいたっては、用地買収があったにせよ16億円の整備費が
かかっている。文化財の保護事業は補助の額も少ないので、日本各地の貴重な文化財が
だんだん風化したり荒廃してしまうことがよく理解できる現状であった。
今回は、浜北のかたはおわかりとは思いますが、「日清紡工場レンガ倉庫」の保存策を
模索するなかでのヒントはないかと期待して行った視察であるが、「近道はない」と、
再確認したこととなった。

やはり文化財保護事業は、国策として、観光施策やまちづくりの施策、民間ともリンクさせて
大掛かりに取り組まなければならない問題だと痛感した。
ひるまずに、果敢に取り組んでいこうと決意を新たにした次第。


〈おまけ)
唐津市街地の沖に浮かぶ高島には「宝当神社」があり、宝くじファンに人気とのこと。
実績も高くてよくテレビ等でも紹介されるそうです。
「代参」もあるようなので、興味のあるかたはHPを探してみてください。

唐津は雰囲気のあるまちで、観光で行くのならオススメのまちだと思います。
私は今回の滞在はいかにせん短くて観光地の紹介はできませんが、
高取邸の整備の完成する平成18年以降が良いかと思います。




8月4日(水)「視察報告@長崎市」


 出張から戻っていろいろたまってしまっていて、日記もためてしまいました・・・すみません。
今日から「視察報告」をUPします。

 長崎市
「政策評価システム」
長崎市の政策・施策・事務事業について、客観的な政策指標を設定し一定の方法と手順で
評価できるシステム。効率性・成果重視・質の向上などが期待できる。
で、具体的には
1.まず政策や事業を所管する課で自己診断し、上司による部内評価
2.次に各課の課長クラスで構成される会議体で会議評価
3.最後に市長以下の幹部による会議評価
というかたちで政策評価がAからDランクに評価される、というシステムだ。
そして、その結果は議会には報告され、市民にはホームページに掲載されることで公開される。

なお、申し添えると議会はこのこころみや結果にあまり反応しておらないようで、
市民の反応もホームページ掲載後の内容についての反応はわずか1件のみという状況。

こうなると、感想としては、
「行政の独り善がり」「評価をうけるための作業に時間をとられて本来の業務がおろそかになる」
というように、理想はいいのだが実際は市民不在の”机上のきれいごと”になってしまっている
気がしてならなかった。


〈おまけ〉
長崎市内には、路面電車が残っている。どこまで乗っても100円。市民の気軽な足だ。
新浜松市でも路面電車に準ずるLRTやモノレールなどの必要性を強く感じた。

坂の町長崎には「全国唯一」の都市計画道路がある。
なんと、道路なのに「斜行エレベーター」
都市計画道路南大浦線。斜面の住宅密集地を通る。
延長160M 高低差50M 事業費13億9千万円。
たしかに道路を通せる状況ではなかったので苦肉の策だろうが、驚いた。
乗り合わせた地域住民のみなさんは非常に重宝されているようだったが。
まあ、観光地(グラバー園)へのアクセスも兼ねてのことだろうが、
いろんな意味で、「うーん」と、うなってしまった。

福山雅治(歌手)実家も発見す。



8月3日(火)「いってきます」


 あしたから議会会派の視察で、長崎県長崎市、佐賀県唐津市、福岡県宗像市への視察です。
長崎は「政策評価システム」
唐津は「歴史的建造物の保存について」
宗像は「地域自治システム」
と、興味深いテーマばかりでやたら楽しみです。
3日で3箇所というきつい移動がまってますが、半日分の視察は密度の濃いものにしたいです。
事前の勉強をもっとしたかったと思うのですが・・・
ホント、最近のどから手が出るほど欲しいのは「時間」
とにかく勉強時間が欲しい。
あしたは少しは移動の車中で本を読めるかな。

また後日この内容についてはご報告いたします。
乞うご期待!




8月2日(月)「きのうのエピローグは・・・」


 きのう月を見ながら思い立って深夜になにをしたでしょうか?

答えは「カレー」

料理はボーイスカウト仕込みの「乱暴な料理」をやるのですが、
一人暮らしが長く、自炊もしていたのでカレーは得意中の得意。
なかでも大好きなカレーには「おいしいものを食べたいがために」
工夫に工夫を重ね、今では自信作を提供できます。

妻子が里帰りしている間にガンガン作ってやろうと思っていたのに、
あまりにも忙しく、自由になる時間がなかったので、気分の良い夜だった昨夜、
思い切って作ってみました。

今回はタイの「グリーンカレー」
ありあわせの材料でつくったので、やや不満が残るものの、
まあまあのできかな。

しかし、タイ風は辛い。

ご希望のかたにはぜひ振る舞いますのでご連絡ください(笑)
でも、時間をください!




8月1日(日)「月」


 22:50帰宅 今日も忙しい1日だったと思いつつ、我が家の門をくぐる。
それにしても、月あかりが心地良い。玄関前でしばらく佇む。
台風の影響で雨が続き、きょうはしばらくぶりの好天。
大雨のあとの夜空はきれいだ。
月に浮かぶ夜空の白雲。
雲の動きまで見える。
空はいいなあ。大好きだ。夏空も冬の星空も夕焼けも朝焼けも。
きょうのような月がきれいな空も。

今夜は、この空を相手に一杯飲もう。
とても幸せな一日のエピローグをつくろう。