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この日記には、政治へ臨む姿勢や活動、政策だけではなくて、 その折々にかんじたこと、時事放談、趣味、感性の発露などなど、 あべたくやの日々是新(ひびこれあらたに)の ”かたち”を 書き込んでいこうと思ってます。 きっとゆがんでたり、とんがってたり、いびつだったり、 へんな ”かたち” かもしれません。 でも、単純に楽しんでいただいたり、いろいろ考えていただいたり、 時には反論していただければ幸いです。


4月30日(金) 「天皇制について思うコト」


 昨日の「みどりの日」は元は「昭和天皇誕生日」
  ふと思い立ったので、平素から「天皇制」について思うところを少しのべておきたいと思います。
世間的に「右翼的思想」「国粋主義者」といわれる方々とはちがう切り口だと思いますので、
"構えて"読まないでください(笑)
 今上天皇陛下は第125代。実に紀元前から2500年余にわたり連綿と続いてきた天皇制。
(ただし初代とされる神武天皇から14代仲哀天皇までは「神話時代」といわれる
ヤマトタケルノミコトなどが活躍した伝説のなかでの天皇で実在が確認されているわけではない。)
     「天皇制」については折に触れ世論の登場し、諸々の意見がかわされるところであるが、
私見として思うに、まず大前提として前述のとおり「天皇制」は大和朝廷が日本を平定してから
今日に至るまで連綿と続いてきたという紛れもない事実がある。歴史を紐解いても貴族や武士の時代に
天皇制を廃して取って代る機会は多々あったはず。なのに存続している事実、これはなぜか?
 その答えが「天皇不親政論」である。何人かの天皇によって「親政」がおこなわれたことはあるが、
実際の政治権力は臣下である平安時代の藤原氏、鎌倉時代の北条氏、室町時代の足利氏、江戸時代の徳川氏などが
掌握し執り行ってきた。実際の権力は時の実力者が持ち、天皇は常に「現人神(あらひとがみ)」
としての二重構造が保たれてきたのだと考える。(この考えかたは津田左右吉(つだそうきち)、
石井良助などの学者が唱えるところに詳しいので興味のあるかたは著書を研究してみてください。)
 現在の憲法により「象徴天皇制」となり、昭和天皇、今上天皇両陛下は「人間天皇」であられることに
お努めになられている。実際の業務は「国事行為を執り行う」と定められているが、
古来よりの天皇家に伝承される司祭的な行事などをされながら、「人間天皇」であられても「聖なる者」
であることを失われていない。
 一方で実際の権力を行使するのは民主主義選挙により選ばれた「俗社会の代表者」たる政治家である。
やはり変わらぬ日本の権力の二重構造と言えるのではないだろうか。
 日本人は独特のバランスで、「俗」がイキスギタときには「聖」に振り子を振り、
「聖」が「聖なる存在」から俗化してしまう寸前で「俗」に振り子を戻す、
という繰り返しでこの国をつくってきたのではないかとかんじる。
 そう考えると「天皇制」とは、日本人が日本人であるための「内なる精神」や「内なる価値」の部分を支え、
政治的には、弾力性と厚みを政治に与えることによって、ほとんど単一民族国家であった日本に決定的な分裂
という危機をもたらすことなく独立を守ってきたことに寄与してきたんだろうと推測します。
多少乱暴な私見ではありますが、「天皇制」が現在も存在しているという事実がなによりも明確なその論拠です。
 「天皇制」そのものに対しては、日本の歴史が示してきたこの「YES」という答えに、
私も上述したような考えかたで共感したいと思っています。
 そして、激動の時代を生きられご苦労の多かった昭和天皇におかれましては、
そのお人柄とご遺徳をこころよりおしのびして、「みどりの日」に思うこととします。



4月29日(木) 「ゴールデンウイーク」


 きょうは「みどりの日」
世間はGW(ゴールデンウイーク)の始まりです。
初日から好天に恵まれなによりの一日でした。
わたしはといえば、いよいよこのGW期間中の5月3日からに迫った「浜北市議会議員」としての
任期スタートに向けて、環境整備や諸々の準備に追われている今日このごろです。
諸般の状況を知るにつけ、課題山積ですが「やるしかない」と決意を新たにするGWの初日でした。



4月28日(水)  「お茶」


 今日は昨日の大雨につづいて、好天なれども「暴風」ともいうような大風が吹いた。
おかげで気温も低くさらには体感温度的には寒く感じた。
春の不安定な天気の典型のような2日間だ。まあ、キレイに言えば「花冷え」とも言えるけど、
ちょっとおそい寒さのぶりかえし。
お茶に霜降りたんじゃないかなあ・・
茶畑に囲まれて育った人間としては心配。
ちょうど茶摘の最盛期にはいろうとしているだけに打撃がないといいですが。
 うちの垣根がわりのお茶の木(スゴイでしょ!さすが静岡ってところですか)は
なんの打撃もなく(関係なくが正しいかな)たくましく育ってました。
5本しかありませんが、茶摘体験したいかたはぜひどうぞ(笑)



4月27日(火) 「仕事師来る」


 バケツをひっくり返したような大雨。
その雨にびしょぬれになって来訪してくれた方がいる。
先日のムカデ襲来をうけて、さすがに床下が気になって高校時代の友人の経営する害虫駆除会社に床下調査を依頼。
それがあいにく今日だった。
床下はというと、築30年だが以外と高床で土も乾燥していた。シロアリやムカデをなどの害虫も見かけず結構健康。
ただ、床窓の配置の関係であとからカベをつくったりしたんで、空気の流れがいまいちの箇所があり
「カビ」がきているところがあった。床下扇風機なるものをつければ解決とのこと。
設置については家計と相談だが、担当者の業務態度には大変好感をもった。
友人の会社は今や年商数十億の仕事をする大会社になったが、たかだか10年で会社が急成長をしたワケが
よくわかった気がした。
友人は「人材」とよく言っていたが、やはり「こころがこもった」仕事ができる人間かどうか、
そんな仲間がどれだけ会社にいるのか、ということだろうと思う。
こういう仲間と仕事をし、夢を語り、いっしょに泥まみれになってがんばっている友人を羨ましく思うとともに、
「負けずにがんばろう」という気持ちがこみ上げた一日だった。



4月26日(月)  「幸運」


 ムカデに噛まれたところが完治。
医者によるムカデはひどくハレが残って病む者となにもなかったように治ってしまう者とに分かれるそうだ。
今回は後者でよかった。なんにしろ痛い思いをした学習は忘れがたい。



4月25日(日) 「しっかりしようぜ民主党」


民主党、本日の埼玉・広島・鹿児島の衆議院議員補欠選挙で全敗。
民主党の選挙対策担当者には悪いが、候補者や構成議員にあまりにも「空中戦」
(つまり街頭演説、練り歩きなどのパフォーマンスしかやらないこと)に頼りすぎる者が多すぎる。
負けるべくして負けているんだよ。
 何度も言うようだが、「政治とは足でつくるもの」「政治とは己の目でみて、耳で聞いて、
身体すべてで体感してこそ初めて実体が伴ってくるもの」だと思う。いくらキレイな言葉でも、
流暢に法律だの政策だの唱えても「実感」がないものはダメだと思う。
街頭演説で、自分の考えを朗々と述べることはとても良いと思う。
だけど、それだけでは「政治」ではない。
もっと人間臭く、俗っぽさがある、いわば"体臭"がないと「人間の政治」ではない。
   私は、いままで政治の修行してきたスジからいってまぎれもなく「民主党」側にたつ政治家ではあるが、
いまのままではダメだ民主党。まだ気付かないのか!と言いたい。国民の「こころ」の声を聞きなさい。
華やかなことが「政治」ではない。地味でもだまって歯を食い縛りながらがんばっている大衆の存在に気付き、
その声を反映させなければ民主党も本当には信頼されないし、この国も良くならない。
そのためには、カッコよく街頭で演説しているだけでも、机の上だけで「すばらしい理論」を組み立てているだけではダメだ。
 地方でこそほんとうの「政治」がわかる。口先だけでなくてちゃんと地方に入って来い。ひとりひとりの心を叩いてみろ。
そうすれば「このくにのかたち」がわかる。「維新は地方から発する」のだ。
 ついでながら、国会業務を中心に改革の志をもって15年秘書をしていて
上記を痛感した者としてあえて申し上げる。
 若さや高学歴が売りで"勘違い"している民主党の新人国会議員候補者諸君。
 失礼ながら上記に書いたことが実感としてわからなければ、もしキミらが当選してもこの国は変えられない。
少なくとも「抜本的改革」、つまり「維新」はできない。
 ぜひそのことに気付いて「歩いて」「見て」「聞いて」ください。
  あえて、一党員として今日の「補選総括」として苦言を申し上げました。



4月24日(土)     「天竜浜名湖鉄道」


 昨日は休業させていただきましたが、ほんとうは持ち運びのできるごく薄
ノートパソコンがあれば新幹線の車中でも作業ができるのになあ。予算と相談ですねー
 さて本日は天竜浜名湖鉄道のハナシです。
わたしの自宅は浜北市宮口ですが、自宅からほど近く徒歩5分ほどのところに
第3セクターの天竜浜名湖鉄道の「宮口駅」があります。無人駅ですが、駅舎を利用した
こじんまりとした和食店があり(美味しいと評判です)、ホームからは東西まっすぐにのびた
レールが気持ち良く見えて、なかなか風情のある駅です。略称「天浜線」は、元は国鉄二俣線。
掛川から湖西市の新所原(しんじょばら)までの単線鉄道です。列車は基本的に一両編成のディーゼルの
「レールバス」で沿線の高校生の貴重な通学の足にもなっています。
 今回の上京では、県庁に寄る予定もあったので、昨日は早朝発で天浜線利用、掛川から東海道線で静岡まで
というコースで上京しました。時間はかかりますが、天竜川や新茶摘みが始まっている茶畑などなど車窓からの
風景は気持ちをゆったりさせてくれます。空いているので、読書や仕事をゆっくりしながら、
充実の時間を過ごせました。浜松経由もいいけれど、急がないときは上京を掛川からの新幹線もかなりいいのではないか、
と思います。
 ぜひ、みなさんも「天竜浜名湖鉄道」の旅をいちどおすすめします。
あ、「トロッコ列車」というオープンエアの車両付きの列車が一日2便かな?走ってますし、
「お座敷列車」も団体予約すれば走らせてくれるので、そちらもオススメです。
 本日は、地域住民による「天浜線」"手前味噌"ご利用のススメでした。(笑)



4月23日(金)  「本日休業」


 東京に挨拶と業務引継ぎで上京のため日記は休業させていただきます。



4月22日(木)       「丑三つ時の出来事」


 草木も眠る丑三つ時。
突然の激痛に目が覚めた。左手の親指に激痛がある。
「なんなんだ?」痺れもある。なんなのかよくわからない。
なんか、腫れてる気がする。左右よく見比べてみると、なんか左手に吸い口みたいのが ある。「なんかいるのか!」と、ふとんをひっくり返す。
「むかでだ!」20センチくらいの大きなヤツがいた。叩き殺して、むかでに噛まれたこ とを自覚する。とにかく痛い。左手のひらが血の気を失っている。
昼間開け放った窓からかドアからか侵入してベットにもぐりこんでいたに違いない。子 どもが噛まれなくてよかった。俺でよかった。と、痛みに耐えながら思った。その後、 救急病院にいくハメになり、包帯ぐるぐるまきの左手のとんだ一日になった。
 でも、むかでに噛まれるなど望んですることではないので、いろんなことを体感でき て、また考えることができて良かった、ということにした。
 自然に囲まれた環境にはこういうキケンも隣接する。周りは畑も多いから、農薬に追 われ無農薬の家の庭に侵入してきたのかなあ。むかでに噛まれるとやたら痛い。片手で 暮すことの不自由さ。ベットはキレイにメイクしとこう。
世の中どこに災難が潜んでるかわからんなあ。
 などなど。とにかく良い経験をした。
ただし、決してオススメできる出来事ではないので、寝る前に布団のなかはチェックし ておやすみください。もし、サソリだったら死んじゃいますので。
では、みなさんには幸運が訪れますように。



4月21日(水)         「穀雨」


 昨日は「穀雨」でした。24節季のひとつ。
「春雨、百穀をうるおす」の意。
24節季には「うーんなるほど」ということが多い。日本古来の陰陽暦によるので、 「穀雨」もほんとは3月中ごろだったわけですが、"まさにそのとおり"というばかりに 季節を具現している。
 つくづく、四季のある国日本はいいなあと思い返す今日この頃です。
みなさんも「24節季」楽しんでみてはいかがですか?
ちなみに次は5月5日の「立夏」です。



4月20日(火)      「年金改革案」


 年金改革議論が国会でかしましいが、今後の高齢化国家日本にとって重要な問題なの でキチンと国民に情報開示しながらすすめて欲しい。
 とても、大切な問題なので地方議員(まだ正式には任期始まってませんが・・)であ っても「説明責任」を果たさなければ、と思うので少し触れておきます。
 概略を説明すると、(ホントはキチンと書きたいが、やたら長くなりそうなのと、ま だいまいち不勉強で理解しきっていないところあるので概略にします)政府案与党(自 民・公明)案と民主党案が今国会の議論の俎上にあがっています。ごく簡単に説明する と…
「政府与党案」  いままでの異なる年金制度「国民年金」「厚生年金」「共済年金」 をくっつけた枠組みはそのままで、保険料を段階的に引き上げ、給付水準は下げて、年 金財政のバランスをとろうという考え。
「民主党案」   上記の3つの制度をひとつの制度に集約して(一元化)、保険料率 は所得による。財源として「年金目的消費税」を新設することによって、保険料が払え なくてももらえる基礎年金が国民全員に保証される。さらには所得に応じて保険料を支 払うが、もらえる額はその払った保険料による、という制度に作りかえるという考え。 スウェーデンの制度に習っているので別名「スウェーデン方式」とも言う。

 民主党方式だと、現在のように「国民年金未払い者もいるのに!」というような不公 平感は出ず、「平等で安心な制度」という感覚はあるが、大改革であるので、例えば自 営業者などは、保険料額が6倍になるという試算もあり、現実感覚とのすり合わせが必 要だと思う。
 政府与党方式は、「保険料の段階的な引き上げ」など、現実感覚はあるが、結局抜本 的な改革にはなっていない「先送り」の典型でもある。

 まあ、議会制民主主義では「多数決の論理」が大手を振ってまかり通る以上「政府与 党案」が軸になるのだろうが、「年金の一元化」もしくは、「全国民の保険料納付」は 必ずしなければ誰も納得できない問題であるから、「先送り」で当然、地方の「現場の 声」もあげていきたい。



4月19日(月)          「縁」

 今日、青年会議所(JC)活動の一環として岐阜県の土岐市にいってきました。JC は全国組織で730余の団体が各地域で活動をおこなっています。今回はそのなかのひ とつ「土岐JC」での例会に、浜北の尊敬する先輩メンバーが講師として招かれてのフ ォローとしての参加でした。
 詳しい内容については、JC内部的な要素も濃くなるので割愛しますが、なにごとも 「縁」というのは大切で、JCという仲間も"縁"だし、隣家のおつきあいも"縁"、道を たまたま聞かれるのだって"縁"です。今回、土岐まで遠征して、参加したメンバーそれ ぞれが、「気付きがあった」と口々にいっておりました。みんななんらかの「プラス」 を手にして帰ってきているんです。
 つくづく"縁"っていいなあ、と感じた本日でした。
 ただし、ひとつまちがってはいけないことを書き加えておきます。
「縁は利害だけでは発展しない」ということを。利害関係のなかの"縁"も、もちろんあ りますが、やっぱり"こころ"のはいったおつきあいであってこそ"縁"は発展すると思い ます。利害関係でのおつきあいは「ビジネス」です。それはそれで大切なことです。 「ビジネス」で食べているひとには一番大切としなければならないのも"縁"ですから。
 わたしの取り組む「政治」は「ビジネス」ではありません。利害優先ではなく、成否 はどうあれこころが通ってこそ「政治」です。
"ご縁"を大切にして「政治」に取り組んでいくつもりです。



4月18日(日)      「黒木 知宏」


 黒木 知宏 31歳 千葉ロッテマリーンズの元エース投手である。
"元"というのは、彼は2001年に故障して以来、1軍のマウンドにあがっていない。
 昨日、実に995日ぶりに対日本ハム戦に登板。
負け投手にはなったものの、7回をわずか2安打に抑える好投である。

995日。
報道でしか知る由もないが、彼の苦闘は相当なものであった。
投手の利き腕のヒジの故障。致命傷である。
故障前の彼は、まぎれもなくロッテのエースだった。
実力、気合、統率力、性格どれをとっても一級品の男であった。
その男の苦闘する姿は、勇気を与えてくれた。
ただただ「もう一度 マウンドにあがりたい」という一心で。

彼の昨日の勇姿をこの目で見られなかったのは残念である。
必ず機会をみてこの「男 黒木知宏」の姿を胸に刻みに千葉マリンスタジアムにいかね ばと思う。それは、単にロッテファンだからだけではなく、人生を賭けて苦闘して、そ してはいあがってきた男の姿に拍手を贈りに、そしていっしょに叫び、こぶしを天に向 かって突き上げに。

 「男」になりたい、とずっと思っていた。
男に生まれた以上、男らしく、男っぽく。男前の男に。
その手本を実際見られるのであれば、しっかり焼付けに、勇気や情熱、闘志をもらいに いかなくては、と思っている。



4月17日(土)   「チーム」 


 先に謝っときます。
関係者のかた、ファンのかたごめんなさい。
Jリーグは地元のジュビロ磐田ではなく、清水エスパルスのファンなのです。
なぜならば、清水は設立時より「市民球団」として立ちあがり、市民株主が中心となっ て設立された球団だからです。ただし、今は経営危機があって鈴与グループが中心とな った経営に変わりましたが、まだ「市民球団」の意識は根付いていて、手触り感のある ところは失われていません。ボクはどうも企業が前にでてきてバーッとつくったものよ りも、たくさんのひとが熱意と少しづつでも力をだしあって創ったものが好きなんです 。なので、貧乏球団でも地元選手中心でチーム構成を心がけてきた清水が好きなのです が。
今日は、久しぶりに清水と名古屋の試合を後半からですがテレビ観戦できました。不 調が伝えられていたチームですが、ようやく新しいメンバーもフィットしてきて「チー ム」らしくなってきた様子。安心しました。
 「チーム」というのは、お互いの考えや行動や性格などを主張しあい、ときにはぶつ かりあったり議論しあったりしながらも、お互いを理解してゆき信頼関係や友情を育み 、だんだん出来上がって行くものです。
 大学でのホッケーチームでもそうでした。情熱と行動が仲間をつくります。
それは、一日でできあがるものではありません。忍耐も必要です。
その上でできあがった「チーム」は本物になります。
 私も浜北市のために良いチームが組めるように、市民の皆さんや友人知人、議員のか たがた行政のかたがたと、本音でぶつかって粘り強く良いチームをつくってゆきたいと 思います。



4月16日(金)   「おわび その2」


 ただいま事務所引き払い作業中です。
いろいろやりながらで滞っていることばかりですが、なかでもこのHP(ホームペー ジ)の更新作業が手間取ってます。ごめんなさい。
事務所からのパソコンの引き上げ、実質上HPの管理をしてくれていたのが弟だったり したので、更新方法を習ったりしてくたくたです。
ほとんど、このように日記は書いてはいるのですが、UPができない未熟さをお許しく ださい…
 順調にUPされだしたら、習熟してきた証拠ということで。



4月15日(木)      「おわび」 


 まだ当選のお礼を言えてないかたごめんなさい…
 たった2ヶ月とはいえ、今回の選挙を応援していただいたかたがたは、
いざお礼を申し上げる段になると、その数の多さに呆然とする。
いかにたくさんのみなさんにお世話になったか、いかにたくさんのみなさんを
煩わせてしまったか、いかにたくさんのご期待やご付託をいただいたかを実感します。
 手間はかかってもおひとりづつ丁寧に、信条どおり"ふれあって"いきたいと思います。がんばらないと!



4月14日(水)       「寝る」 


 雨。
雨のなかでの活動がたたったのか、疲れがでてきたのか身体のキレが非常に悪く、ダウン。
14時から休む。
 夜は会合だったが、予定どおり出席。
やはり人間は「寝る」ことは一番の休養だと実感す



4月13日(火)  「ノブレス オブリージェ」


 noblesse oblige (フランス語源)
直訳するとノブレスとは「高貴なる身分の人。」 オブリージェとは「義務を負う」ということ。
つまり、「身分に伴う義務」
  イギリスの名誉革命以降の貴族は自らに「支配の義務」を負わせ、その政治的責任感を称えられてきた。
彼らには「志」があり「理念」があり「価値観」がしっかりと存在していた。
そのことを「ノブレス オブリージェ」と言い、よく日本の「武士道精神」と並び称されている。
 「武士道」はその一言ではとても説明がしきれず、奥深い精神論であるが、 西洋のこの簡潔な言葉には「武士道精神」をも包括する明快さがあった。
はじめてこの言葉を知ったとき、感銘と驚嘆をした。
そして誓ったことがある。
自らが政治の責任を負う立場になったときは、必ずこの言葉を持って歩き始めようと。
 ただし、誤解を招きたくないので付け加えると、俗にいう「貴族」になったわけではなく、
「武士は食わねど高楊枝」の感覚ですので。
 なので、こう訳したい
「ノブレス オブリージェ(志あるものの責務)」と。



4月12日(月)    「当選!」


 「サクラサク」です!
本当にみなさまありがとうございました。
2341票。24人中4位の成績での見事な当選です。
感謝。感謝。感謝。
投票率が前回より大きく落ち込んだなかでの2000票の大台を大きく越える
ご支持をいただき、よくぞ出遅れの最下位スタートで、たった2ヶ月で、ここまでこれたものだとびっくりしてます。
 お支えいただいたみなさまにこころより御礼申し上げます。



4月11日(日)       「桜咲く?」


 きょう、浜北市議会議員選挙投票日。
久しぶりにさくらのすけくんとゆっくり接する。
選挙中、ボクの街宣車の「あべたくやです…」を聞いて覚えたらしく、ずっと
「あべーパパ あべーパパ」と言いながらぺこりぺこりやっていたらしい。
うーん かわいそうやら、末恐ろしいやら。
こどもは正直だなあ、と思う。
こんなパパでもいっしょにいるのがうれしいんだな、と表情から伝わってくる。
さくらのすけのほうは「サクラサク」の様子。
私もうれしい反面"ごめんな"とつぶやく。

さあ、投票はいま進行中。
満開の桜は咲くでしょうか。審判を待ちます。



4月10日(土)     「めちゃめちゃありがとー」


 選挙戦最終日終了。
最後は、辺田原個人演説会、庚申寺前での最後の街頭演説、ラスト10分の街宣車、事 務所前でのマイク納め。たくさんのかたがたのご協力で、すごい盛り上りのなかでの最 終日終了となった。
 みんなで走ったねー という充実感。
 めちゃめちゃありがとー と叫びたい。

  結果はどうあれ、この選挙戦はホントに良い、サイコーの選挙戦だった。
血がたぎったね。この環境をつくってくださったみなさんに「感謝」。



4月9日(金)      「一億の夜を越えて」


 本日、総決起大会終了。
 正確にはわからないが、金曜の夜だというのに出陣式を上回るかたがたにおいでいただ く。ほんとうにありがたい。"感謝感激"である。みなさんの思いをさらにさらに受け止め て、明日選挙戦最終日を戦う。精一杯、全力で手をゆるめることなく走りぬく所存。みな さん、あしたもよろしくお願いします。
 総決起大会に向かう街宣車にのりこむとき、ふと、自然に歌を口ずさんでいた。

 いくつもの靴を履き捨てた
 いくつもの星が流れた
 誰かが言った 夢を夢みてる
    いいさいいさ ひとつひとつこころを叩いて
 突っ走るだけ 一億の夜を越えて
   信じるがまま こころ叫ぶまま

 この歌のように、愚直でもまっすぐに挑戦できたらいいなと、この歌に出会ったころに 思っていた。
 ふと口ずさんだことに、"じん"とした。「できてるんだ」と。
幸せをかみしめ、もう一度「一億の夜を越えて」を口ずさみ、明日に臨む。

 ※ 「一億の夜を越えて」 オフコース



4月8日(木)          「桜の春」


 桜花爛漫。
 日本人だなあ、と思う。
 かつて戦国武将たちは戦陣にあっても、日本の四季を愛でて、自然の技に畏敬を忘れな かったという。
   まさに言葉どおりの桜の競演。見事な桜に遊説中も目を奪われることしきり。
 今日も、ふとたちどまった桜の樹の下で、そよぐ風に見上げると桜の花びらの乱舞。桜 吹雪につつまれながら、一瞬の"至福のとき"をすごす。
 戦陣に戻りつつ、こころがまろやかに、こころゆたかに感じられる"桜の春"に感謝。



4月7日(水)       「寝不足」


 眠い。とにかく眠い。
寝不足で目の充血がとれない。
日記を書こうとしても、頭がまわらない…
と、いうことで「本日終了」



4月6日(火)            「弟」


 日記だから、ちょっと家族のことに触れます。
 わたしには弟がひとりいます。たったひとりの兄弟です。
 彼は今、たまたま前の仕事を離職して(タイミング悪く?)帰郷したがために、ボクの 選挙を手伝ってくれてます。
 わがままな兄に、幼い頃から振り回されてきた弟。
 妻や両親が幼少の子供の面倒や会社のことなどでフル回転できなかったこの2ヶ月、彼だ けはフル回転してくれました。
 そして、また今回も大変な思いをさせてます。
 あと4日。申し訳ないがよろしく頼む。
 一応、こころのなかで手を合わせて拝んでいるからな。許せ。



4月5日(月)           「たすき」


 いままで、秘書として「候補者」にかけてきた「たすき」。
 自分でかけてみて、その重さを知る。
 出馬を決意してから2ヶ月。ここまでわたしに関わってくださったかたがた、たくさんい ただいてきた、ご期待とまごころ。それが、しっかり染み込んだ「たすき」。
 もっともっと残り5日間でみなさんの思いを染み込ませ、とても重たい「たすき」を肩に 、誇りをもって挑戦をしつづけたい。
やるぜっ!



4月4日(月)           「出陣!」


 今日、浜北市議会議員選挙告示。
 届け出番号は「8」 "末広がり"という縁起の良い数字だし、もともと大好きな番号で、 ゼロから仲間を集い創部した大学のフィールドホッケー部での背番号でもあります。おな じ「ゼロからの出発」という共通点もあり、運命の数字でもあるのかも、と感激。ひいて くれた友達に感謝、感謝。
 出陣式も、300人余のご参加をいただき、宮口の祭りラッパに送り出されての出陣は 武者ぶるいものでした。初陣の街宣車も、全員が心強い先輩と同級生という"これ以上な い"くらいの最高の顔ぶれでのスタートをさせていただき、うれしかった。
 ここまで、サポートをしてきてくれているすべてのひとたちに感謝。
 ぜったい勝とうと誓う。



4月3日(土)          「開戦前夜」


 準備に追われて、忙しすぎて「開戦前夜」の感慨がない。まるで秘書時代のようだなあ … 苦笑
 でも、"感謝"はある。
 ここまで、準備を重ねてくださったみなさん、ほんとにありがとうございます。
 なんとか、「候補者 阿部卓也」になれそうです。みなさんの"思い"をたすきに染み込 ませ、肩にしっかりとかける所存です。
 がんばります!



4月2日(金)          「余裕がないぞ」


 題のとおり。
 告示まであと1日。
 うーん、やることだらけだー



4月1日(木)      「ダルマ」


 大変お世話になった仲間である、穂の国青年会議所(愛知県豊川市を中心とした地域の JC)の有志のみなさんが、豊川稲荷の必勝ダルマをわざわざもってきてくださった。
 本当にありがとうございます。
 なんの関係もない地域のひとたちなのに、「"良い政治をして欲しい"という期待だ。お まえはやってくれると信じている」という。その期待は重く受け止めなければ、である。
 常々、「維新は地方から発す」と言い、「地方にあっても、世界を意識し日本のくにの かたちを意識して、政治というものを考え、積み上げ、生活感のあるものにしてゆきたい」 と言ってきただけに、余計気合がはいる。
 なんとしても、議席を勝ち取り、合併までに「浜北モデル」といわれるような、"ここに 暮らすひとが本当によろこぶ"施策を発信したいと思う。具体的な行動が「政治」そのもの なんだから。
 「ダルマ(起きあがり小法師)」のモデルの達磨大師は、壁にむかって8年座禅を組んで 悟りを開かれたという。わたしも、「悟り」というほど大それたものではないが、15年政 治に向き合ってきてわかったことがある。
 「現場での実践」
 それに尽きる。
 だから挑戦します。
 ひとりひとりの心を叩いて。